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1で10を知る

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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独自
研究
この記事や節の内容は独自研究であるとする見方もあるようですが、ここウソペディアで笑いを取るためには自分のアイデアを記事に注ぎ込む事が不可欠であり、我が道を突き進まなければ登れない山もあるでしょう。 Walkingmonkey.jpg

1で10を知る(1で10をしる)とは、有名な故事成語である。この故事成語内で語られている、実際に1で10を導き出したとされる顔回(がんかい)が、本当にこれを成し遂げていたと仮定すると、彼がアンドロイドロボットであったか、はたまた未来人或いは超能力者であったことが分かるという、非常に興味深い物語である。

概要[編集]

1という数字の次が2であることは、我々日本人のようにのび太君と同等かそれ以上の知識を持っているあなたならば、当然に知っていることである。また、注意するべきは「1」という数字の次が「2」であることには、意味や法則性といった関連性はなく、必然的・決定的に定められているといった点である。言い換えれば、「1」という数字を見たからといって、知識以外において「2」という数字を導出することは出来ないという意味である。「2」の代わりに「3」でも、その他の数字でも関係ない。なお、「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10」という数字とその順序を知識として知った後に、幾つかの桁上りした数字を見て、桁上りの法則を見出すことは可能である。されど、やはり「1」だけの数字から「2」や、同様に「10」という数字を知ることは不可能なのである。

これがもし、本来の故事成語の意味が示す通り、それが可能であったとすれば、「そもそも1も10も知っているものが、知らないふりをして、自分は物事の法則を見出す才があると演じた【心の狭い人間】であったか」、はたまた、「本当に1で10を導けたものかの二通り」となる。

法則性も関連性もないものを、本当に導けたかはかなり信ぴょう性にかけるが、これが可能であったとすれば世紀の大発見につながる。それこそが、この記事の主眼である。

故事成語とその訳[編集]

原文
子謂子貢曰 汝與囘也孰愈 對曰賜也何敢望囘 囘也聞一以知十 賜也聞一以知二 子曰弗如也 吾與汝弗如也
囘や一を聞を以って十を知るなり → 一を聞いて十を知る
ウソペディア超訳
孔子:子貢(しこう)は顔回(がんかい)より アホだよね、そう思うだろ?
子貢:顔回は1だけで10を導き出したけど、僕は1で2しか導けなかったよ。
孔子:そうだろう、僕もお前も顔回よりアホだよね。だって、彼はアンドロイドだもの。

我々は数を10進法で表現している[編集]

我々は数を1~10の数字の組み合わせによって表している。現在では実際には、0~9である。我々人間が数を、記号や文字などの別のもので表現をする術を持ち始めたのは、紀元前1000年から紀元後50年の間であると見られている。主に正の整数だけであれば、紀元元年を境として概ね現代と似た10進法と呼べるものが生まれいでている。それよりも前になると、20進法や30進法、60進法なども用いられていたため、統一はあまりなされていなかった。されどそれらも10を基準にしていたことで一定の共通点は見られていた。なお、現代でも30進法は月齢として、60進法は時間として利用されている。

したがって、この故事成語は孔子の教えと知られる論語から生まれた言葉であるが、既に10進法の基礎は出来上がっていたという訳である。したがって、実際に孔子の弟子で「1で10を知った」とされる顔回(がんかい)は、孔子に1を教えられる前に、既に知識として知っていたと見るべきなのである。

1だけで10を導き出すためには[編集]

上記の節にあげた問題をもう一度整理すると、

  • 「1」という数字だけでは「10」という数字は導き出せない
  • 「1」と「10」の間にある2,3,4,5,6,7,8,9の8個もの数字の関係性を無視している

ということである。

しかし、その顔回が、さもしい人間ではなく本当に「1だけで10」を導き出したとすれば、彼は近代数学が発展してきた1700年頃の知識を有していたことになるのだ。

なぜなら二進法を用いれば、その問題が解決するからである。

ようするに、顔回は、「1(2)」を聞いて、「1(2)+1(2)」を行い、「10(2)」を導出したからである。

これなら、

  • 「1」という数字だけで「10」という数字が導き出せる
  • 「1」と「10」の間に無視された関係性は存在しない

となり、先の問題を見事にクリアしている。

この二進法は17世紀~18世紀にかけて、ゴットフリート・ライプニッツジョージ・ブールが発明・整備したものであるが、あなたも知っている通り、現代では概ねコンピューター演算回路に使われるものである。

なんと、顔回は1700年代の知識を有していたか、顔回自身がアンドロイドであって、自分の中に存在した演算回路を用いて、「1」をフィードバックして「10」を導出したとみなせば、この故事成語の辻褄が合うのである。加えて、孔子が生身の人間であった子貢よりも、未来人又はアンドロイドである顔回の方を優秀と評したという逸話にも、一定の回答が得られるのである。

顔回は未来人であったのか、はたまた、アンドロイドであったのか[編集]

前節で顔回が未来人であったのか、はたまた、アンドロイドであった可能性が示されたが、それがどちらであったかは現在の研究では定かではない。今後儒教学者や、歴史家の手によって明らかになっていくだろう。

再検討[編集]

しかし、ここまで書かれた記事に対して、一部のウソペディアンから異説が出された。そもそも「顔回は1だけで10を導き出したけど、僕は1で2しか導けなかった」と述べたのは、子貢ではないか、と。確かに、文献を読み返すと、顔回自身が1だけで10を導いたという客観的な記述はどこにも見当たらず、あるのは顔回が1だけで10を導いたという子貢個人の主張のみである。この解釈に沿った場合、むしろ、顔回が導いたと主張することによって、真に1で10を導いているのは、子貢だということになる。

この解釈では、子貢が敢えて自分は1で2しか導けなかった、と言い換えているのは、謙遜に見せかけて、時代を代表するインテリである孔子をからかっているのだとされる。何故ならば、子貢こそ十進法も二進法も知っていたということになり、1で2しか導かないことによって、1で10(二進法)を導いたこととなるからである。

こうして、孔子は、その意図を十分にくみ取れずに、迂闊にも顔回への偏愛をさらけ出してしまったのである。子貢が未来人かアンドロイドか?…その話は繰り返しになるので敢えて言うには及ばないだろう。

関連事項[編集]

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